まだまだ新しい技術のレーシック

日本におきましては、2000年に厚生省からレーシックが認可されることになり、今では年間2万5千人の人がレーシックを受けています。
各クリニックのホームページを確認してみますと、実に95%以上の人が裸眼で1.0以上まで視力回復をしているのです。

 

レーシックというのは術中や術後の痛みを生じることはほとんど無く、手術による目へのダメージが比較的少ない治療方法となります。
着々とレーシックも広がりを見せており、次第に白内障の手術件数を上回り、 レーシックが占めることになるだろうと予想されているのです。
最近になって視力を回復することが出来るという宣伝文句で数多くのサプリメントが発売されています。
中でも有名なのがブルーベリーですが、その根拠は一切無く、確実に近いのは今のところレーシック手術のみなのです。 レーシックの手術法というのは、眼の中のレンズとされている角膜に安全性の高いレーザーをあてて治療をしていきます。
屈折率を変化させていき、ピントを徐々に合わせていくことで、視力回復を実現出来る手術となります。

 



まだまだ新しい技術のレーシックブログ:19年03月23日

平成11年3月、
実家の父親から私の携帯の留守番電話サービスに
メッセージが残されていた。

「お母ちゃんが病気です。すぐ連絡下さい。」

ふつか後には
大阪ドーム近くの病院のお母さんの病室に私は居た。
私が着くなり、主治医から「大腸がんです」と告げられた。

私は仕事を休み、父親と一緒に毎日見舞いに行った。
父親は、「なぁに、大したことないやろ。大丈夫や。大丈夫。」と、
私に聞かせるでもなく、自身に何度もそう言い聞かせていた。

7日間後、患部の切除手術が行われた。
関西に住む親戚はみんな集まっていた。
三時間がとても長く、冷たく感じられた。

「幸いにも転移が見られません。もう大丈夫と思われます。」
という主治医の宣言に顔をくしゃくしゃにして喜ぶ父親の顔。
そんな顔で喜ぶところを見たことがないので今も記憶に生々しい。

その父親も75歳になった平成17年9月に大腸がんで倒れた。
長い間の看病疲れがたたり、お母さんも同時に入院することになってしまった。

平成14年11月から実家に戻って、
お買い物など手伝っていた私に、
一気に世話の負担が圧し掛かってきた。

お母さんが倒れてから11年…
共にがん病巣を身体に抱えながら、夫婦で声掛け合って、
そして最大限労わり合って
今日までなんとか3人無事に生きながらえている。

主治医も不思議がっていたのは、
父親がレベル4の末期の肝臓がんであるのに、
みぞおちを押さえても少しも痛がらない事だ。

そういえば、2人とも抗がん剤や放射線治療は一度も受けていない。
否、本人たちが断固として受けるのをずっと拒んでいる。

「気分はどない?」「しんどないか?」
そこには実の子どもでさえ入り込めない独特の世界観が確かにある。